「京都 舞妓と芸妓の奥座敷」相原 恭子
2022/04/14公開 更新本のソムリエ [PR]
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【私の評価】★★★★☆(80点)
要約と感想レビュー
京都で舞妓さんとお茶屋でお座敷遊びというのはどういうものなのだろうか、ハードルが高いんだろうか、という興味を持って手にした一冊です。20年以上前の本ですので、現在の花街は変わっているかもしれませんのでその点はご了承ください。
「一見(いちげん)さんお断り」ですが、友人がいれば紹介してもらえばよいし、おおきに財団(京都伝統伎芸振興財団)の「友の会」の会員になると京都のお茶屋を紹介してもらえるという。料金も銀座のクラブのような一人5万円もしないし、よりリーズナブルなようです。なお、贔屓にするお茶屋は一つの花街に一軒だけという暗黙の了解があるそうなのでご注意ください。
・お座敷へ一人の芸妓を二時間呼ぶと、約2万円程度という人もいるが・・・内容により、また花街、お茶屋により若干異なってくる・・・(p113)
京都花街の芸舞妓さんは屋形(やかた)(置屋(おきや)とも呼ばれる)に所属しています。15歳くらいから20歳くらいまでは芸妓として修行の期間で、衣装や稽古に3000万円以上かかるという。舞妓となってから5年くらいの間は、これらの経費を返済するため、お給料なしでお小遣い程度を受け取って働くことになります。この期間が終わると「年季が明ける」というわけです。
こうした花街の仕組みは、芸能界に置き換えると芸舞妓さんがタレントで、屋形(置屋)が芸能プロダクションのようなものでしょうか。屋形が芸舞妓を育てているのです。実際、屋形(置屋)のおかみさん(つまり経営者)は「おかあさん」と呼ばれており、まさに芸舞妓のおかあさんとして芸舞妓を育てているのです。
・舞妓を一人お店出しさせ育てるには、その衣装、アクセサリー、小物類などすべてを新しく用意したとすると、最低でも三千万円以上の資金が必要という(p45)
まずは私自身、お座敷遊びを体験していないのではっきり言えませんが、江戸時代初期からあるという京都の花街のお座敷遊びは日本の守るべき文化なのでしょう。文化を支えるためにはお金が必要です。お金のある方は、ぜひ旦那となって日本の文化を支えていただきたいものです。たんたんと京都のお座敷遊びについて説明してくれる良書だと思いました。
相原さん、良い本をありがとうございました。
この本で私が共感した名言
・ある芸妓によれば・・・戻るのが午前一時頃(門限)で・・・大体、床に就くのが午前三時頃となり・・翌朝はお稽古がある(p47)
・元々、京言葉は王朝以来の宮廷生活に起源があり、それが町人の女房たちに伝承され、近世の諸階級に浸透した・・・公家言葉、商家言葉、職人言葉、農家言葉、花街言葉などがあった(p49)
・現在は、舞妓というと十五歳から二十歳くらいの年頃だが、本来、舞妓は11~13歳くらいの小さな女の子たちであった(p57)
・昔は、生活から衣装、芸事など芸妓の面倒をすべてみるような旦那がいたものだが、今はそれほどの旦那は滅多にいない状況である(p81)
・お遊び・・・寛大な旦那である場合、お花代を払って自由時間を与え、彼女が会いたいという人に会わせてあげたり、友人と出掛けたりする時間を与えてあげることがある(p92)
・旦那やお客さんが芸舞妓を誘って、食事に行く事を「ご飯食べ」という・・・時にはおかあさんも一緒に招待する(p93)
・今の花街の女性たちは、たとえば借金を返すために花街で働かなければならないなどという昔の状況とは全く違い、自由である(p98)
【私の評価】★★★★☆(80点)
目次
京都の花街
花街ファミリー
旦那とお馴染みさん
お座敷
芸の道
芸舞妓の舞台
花街ファッション
花街の行事
著者経歴
相原恭子(あいはら きょうこ)・・・神奈川県横浜市生まれ。慶応義塾大学文学部哲学科卒業。ドイツ政府観光局勤務を経て、作家・写真家活動に入る。英語版の著書『Geisha』(Carlton Books.UK)は世界各国で出版され、ハンガリー語にも訳された
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