【書評】ゲーム理論でマーケットを理解する「市場って何だろう 自立と依存の経済学」松井彰彦
2021/01/22公開 更新

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【私の評価】★★★★☆(81点)
要約と感想レビュー
市場というドライな世界
ゲーム理論の松井先生による「市場」という切り口で、世の中を切ってみた一冊です。「市場」とは誰でも参加でき、売り手と買い手が交渉し取引する場所です。
もともと私たちは村社会の中で個人間で取引をしていましたが、人が増えてくると都市が作られ、知らない人が増えてきます。それまで長期的な信頼関係で取引していたものが、市場というドライな世界で取引するようになっていったのです。
市場の本質的な役割は、依存先をたくさん作ることで、各自を自立させることができます。市場には価格調整があり、合理的な値段が形成され、需要と供給は自然とバランスするのです。
例えば、医師は与えられた価格の元で専門を選び、働く場所を選びます。価格調整機能がないため、医師数の地域間格差や診療科間で偏在が生じているのです。著者の提案は、価格調整が難しいのなら何らかの数量制限することです。ドイツでは開業医の定員制を導入しています。
共同体では、長期的な関係に基づく相互監視が自然状態を克服するために使われたが、都市では、そのような機能は著しく限られる。それに代わるのが、法であり、それを作り、守らせるための権力機構が登場する(p25)
日本は村社会
日本社会には、これまでの村社会の残像が残っているところが多いようです。例えば、芸能タレントが所属事務所から独立すると干される。所属事務所の相互互助システムを守るためでしょう。
日本ではノーベル賞を受賞した「電波オークション」も行われていません。米国では連邦通信委員会が周波数帯をオークションで割り当てて、政府収入は420億ドル以上だという。
一方、日本政府の電波料からの収益は年間650億円程度で、割り当て方法が不透明との批判も多いのです。テレビ局の既得権に手をつけることができないからでしょう。
TPPといった自由貿易も総論賛成、各論反対でなかなか進みません。国全体では豊かになりますが、仕事を奪われる人にとっては死活問題だからです。
稼げるタレントが所属事務所にお金を落とし、稼げないタレントの食い扶持を賄う・・・稼げるタレントに独立されてしまっては、事務所の存続、ひいては所属型組織システムが根底から揺らいでしまう・・・「事務所から独立した芸能人は干される」という慣行である(p29)
バランスが大事
著者によると「市場」は村社会に依存し縛られ、村八分にされた人にとって自立するために大切な仕組みだという。職場でいじめられている人も、転職市場があれば救われる可能性があるのです。
だから外国企業の参入は、転職労働市場育成の好機であり、だんだん日本企業も転職市場で人材を採り始めているのです。サラリーマンは会社に依存していますが、転職市場があれば、一つの会社に依存する必要はないのです。
ただし、「市場」を絶対視するのも問題で、「市場」はどうしてもお金に対してドライになっていきます。短期的な利益を求める人もいるでしょう。実力がなければ安い賃金になってしまうこともあるでしょう。
何もごともバランスが大事であり、今の日本にはもう少し市場が必要なのだと思いました。松井さん、良い本をありがとうございました。
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この本で私が共感した名言
・宮沢賢治の「なめとこ山の熊」・・・命を賭けてとってきた熊の毛皮を二束三文で買い取る商人の話だ・・・小十郎の生活は商人に依存してしまっている(p161)
・依存先が仕事一本だったサラリーマンと母親に依存する子どもとの間に本質的な違いはない。両者ともいつかは自分の安住の地を去らなくてはならないのだ・・・依存先から自立できるだろうか(p172)
・なぜ、貿易は国を豊かにするのか。それにもかかわらず、なぜ貿易を制限したくなる権力者・政府がいるのか(p16)
・市場は多くの場合、様々な選択肢を私たちに与えてくれるが、それとても絶対視すべき存在ではない。お金を稼ぐことが自己目的になっている人がいる・・・依存先がお金しかないのである・・・道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である(p163)
【私の評価】★★★★☆(81点)
目次
序章 依存先を増やせ
第Ⅰ部 市場とは何だろうか
第一章 共同体と市場
第二章 広がる市場 グローバル市場
第三章 政府も市場のプレイヤー
第四章 市場の失敗を克服する
第五章 市場を守る
第Ⅱ部 みんなのための市場
第六章 「ふつう」の人のための市場
第七章 市場は差別を助長するか
第八章 自立と市場
第九章 みんなを輝かせる市場
著者経歴
松井彰彦(まつい あきひこ)・・・1962年生まれ。東京大学経済学部卒業。ノースウェスタン大学M.E.D.S.にてPh.D.取得。ペンシルバニア大学経済学部助教授、筑波大学社会工学系助教授を経て、東京大学大学院経済学研究科教授。エコノメトリック・ソサエティ、フェロー(終身特別会員)。「ゲーム理論の観点から社会現象全体を解釈しようとする研究」により、学術振興会賞、日本学士院学術奨励賞受賞。
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