本のソムリエが人生を変えるような良い本を紹介します
本ナビ > 書評一覧 >

「コロンブスの不平等交換 作物・奴隷・疫病の世界史」山本紀夫

(2020年6月 5日)|本のソムリエ
このエントリーをはてなブックマークに追加


【私の評価】★★★★☆(80点)


■新型コロナ問題もあり、
 感染症の本質について調べようと
 手にした一冊です。


 疫病という視点で見たとき
 コロンブス新大陸発見は
 先住民にとって地獄だったという。


 なぜなら、先住民はスペイン人に
 虐殺され金を奪われるだけでなく、
 疫病により人口減少したからです。


 中部メキシコでは先住民の人口が
 3%までに減ってしまったという。


・1519年には中部メキシコの先住民人口は2500万人だったと見積もられている。それが、1523年には1700万になり、1548年には600万、1568年にはわずか300万しか生き残っていなかった・・・17世紀の初めには中部メキシコの先住民の数は75万程度、すなわち征服される前の人口の約3%に過ぎなくなっていたのである。一方、ペルーの先住民人口は、コロンブス以前の900万人から1570年までに130万人に減ったと推定されている(p206)


■新大陸アメリカの先住民は、
 ヨーロッパの疫病に対して
 免疫を持っていませんでした。


 先住民が疫病によって減ってしまい、
 労働力が不足したので、ヨーロッパ人は
 アフリカから奴隷を連れてきたという。


 交通の発達した現代社会において
 人類が免疫を持たない疫病が発生すれば、
 新大陸の先住民のように存亡の危機に
 陥る可能性があると感じました。


 疫病は、虐殺よりも戦争よりも
 怖いのです。


・天然痘、はしか、インフルエンザなどの病気が抵抗力のまったくない先住民をおそったのである。それでは、ヨーロッパ人たちは不足する労働力をどのようにして補ったのか。それが、アフリカからの奴隷であった(p124)


■西欧では、コロンブスが開拓した
 新旧大陸間の人・物の交流を
 「コロンブスの交換」と表現するという。


 著者は「交換」という表現は不正確で
 アメリカ大陸の先住民が虐殺され、
 抑圧されている状況を見れば、
 一方的な「侵略」であったとしています。


 新大陸の疫病だった梅毒が、
 ルネッサンスの性解放で急速に
 世界に広まったという事実も
 興味深い。


 山本さん、
 良い本をありがとうございました。


この記事が参考になったと思った方は、
クリックをお願いいたします。
↓ ↓ ↓ 

人気ブログランキングへ


■この本で私が共感したところは次のとおりです。


・ヨーロッパ人の目から見れば「発見」であり「征服」の偉業であったかもしれないが、それは原住民の側からすれば虐殺であったり、疫病の導入によって人口の大幅な減少を招いたものだったからである・・・中南米の本などでは・・スペイン人の「侵略」という言い方がよくされるのである(p16)


・インカ王が殺されてからもインカ兵は何度も反乱を起こした。スペイン人の弾圧、虐待がきわめて酷いものであったからである・・・スペイン人たちはインディオたちから金を強奪したのち、彼らを大きな家に閉じ込めた・・・彼らはその家に火をつけ、全員を焼き殺した(p196)


・ラス・カサスによれば、征服後「金があるという噂を耳にして4000人か5000人のスペイン人がペルーへ押し寄せ」、征服から10年のあいだに400万人以上の住民を虐殺したという(p198)


・梅毒は、1495年ドイツ、フランス、スイスに出現し、1496年にはオランダ、ギリシャに、1497年はイングランドとスコットランドへ・・・16世紀のはじめには中国全土に広がっていった・・・日本にも、やがて梅毒は伝来する。それは永正9年(1512)・・・ヨーロッパはルネサンスの真只中にあり、ヨーロッパ人は人間解放の歓声のなかに性的自由という通念がひろがり、売春という社会的なはけ口が急速に繁栄していたからである(p214)


・バルバドスでは、1764年に約7万人の奴隷がいた・・・8年間に、バルバドスでは年平均約4400人の奴隷を輸入したが、その奴隷人口はわずかに3400人ほど増えただけであった。3万5000任あまりの奴隷を輸入しながら、3万人以上が死亡したのである(p127)


・アフリカへのトウモロコシの導入は1500年代の初めには始まっていたらしい・・その背景には、1400年代に始まるポルトガル人による奴隷貿易があった・・・奴隷貿易は16世紀以降も拡大し・・・奴隷船が大西洋を横断して多くのアフリカ人をアメリカ大陸へ運んだ。初期の奴隷商人は帰路につく際、アメリカ大陸からアフリカへトウモロコシを持ち帰ったのである(p63)


・コロンブスたちはこの新しい土地で黄金よりもはるかに役立つものを見つけていた・・・キャッサバ・・ヒョウタン・・ベニノキ・・タバコ・・トウモロコシ、サツマイモ、トウガラシ、ワタ、カボチャ、そしてマメ類などを見て記録している(p11)


・インカ帝国の首都のクスコも人口20万を擁する大都市で、そこには数多くの美しい建造物があった・・・インカ帝国には物乞いをする者も、飢える者もおらず、「トウモロコシの穂ひとつ盗むものはいなかった」と述べたスペイン人の記録者もいたほどである(p57)


・アステカでは軍事力を背景に征服地に税を課した。当時、貨幣はなかったので、それぞれの土地の産物、たとえば熱帯低地ではカカオや綿、ゴム、羽毛などを課した。こうして、首都のテノチティトランにアステカの領土の各地から膨大な富が集中したのである(p56)


・テワカン河谷の人びとが野生の動植物を食料源にしていた時代から大幅に人口が増大するまでに約1万年の年月が流れている・・現在、トウモロコシは生産性の大変高い作物として知られているが、それにはメソアメリカの先住民の人たちの長い年月にわたる努力のおかげがあったのだ(p40)


・1831年から1832年にかけてのチョクトー族一万人あまり、1838年から1839年にかけてのチェロキー族1万8000人などが、ミシシッピをわたりオクラホマの荒野に強制的に移住させられた・・・この強制移動によって4000人のチェロキーが死んだといわれている・・・彼らが泣きながら西へたどった1300キロメートルの道程を「涙の旅路」と呼んだ(p187)


・インディアンは騎兵隊との戦いに敗れ、土地を奪われ、生活の糧であったバイソンまでが絶滅するにいたって、もはや自力で生きることは不可能になった。その結果、インディアンはやむを得ず政府に保護を求めることになった・・・保留地とはいうものの、その実態は強制収容所といった感じのもので、荒れ果てた砂漠のような土地に押し込められたのであった(p191)


にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村へ


▼引用は、この本からです

山本 紀夫、KADOKAWA


【私の評価】★★★★☆(80点)


[楽天ブックスで購入する]



■目次

序章 黄金より役立つもの
第1章 コロンブスが持ち帰った穀類―トウモロコシ
第2章 アンデスからヨーロッパへ―ジャガイモ
第3章 サトウキビと奴隷制
第4章 ヨーロッパ由来の家畜の影響―馬と牛
第5章 先住民の悲劇―疫病
終章 コロンブスの功罪


メルマガ[1分間書評!『一日一冊:人生の智恵』]
3万人が読んでいる定番書評メルマガです。
登録無料
 




この記事のシェアをお願いします

この著者の本 :



同じカテゴリーの書籍: