「私の個人主義ほか」夏目 漱石

|

私の個人主義ほか (中公クラシックス)

【私の評価】★★★☆☆(79点)


■34歳でイギリスに国費留学した漱石は、
 自分は紳士の中で犬のようであったと
 言っています。


 イギリス人との経済格差、体格差、
 英語が通じないなど理由は
 いろいろあるのでしょう。


 漱石は部屋に閉じこもり、
 ただ一人で英文学を読み、
 ぼう大なメモを書き続けたのです。


・たとえば西欧人がこれは立派な詩だとか、口調がたいへん好いとかいっても、それはその西洋人の見るところで、私の参考にならんことはないにしても、私にそう思えなければ、とうてい受売りをすべきのものではないのです(p241)


■漱石は「自己本位」という言葉に出会って
 前に進めるようになったと言っています。


 つまり、英文学をいくら学んでも
 英文学の本質がよくわからない。
 英国人が素晴らしいという詩を
 素晴らしいとは思えない。


 国費留学という成果を文書で
 示さなくてはならない境遇と
 納得できていない自分の思いが
 ぶつかり悩んでいたのです。


 そこで、他人はどうこう言おうと
 自分が正しいと思うことを
 言えばいいのだとふっきれたのでしょう。


・私はこの自己本位という言葉を自分の手に握ってからたいへん強くなりました。彼ら何者ぞと気概が出ました。今まで茫然と自失していた私に、ここに立って、この道からこう行かなければならないと指図をしてくれたものはじつにこの自我本位の四字なのであります(p243)


■漱石の考える個人主義とは
 自分の幸せのために自由に自分で
 決めることができるという個人主義です。


 その一方で、イギリスの真似ではないが
 自由には義務が同時についてくると
 言っています。


 留学した人は広く世界を見ているので
 そうしたバランスのよい考え方が
 できるのでしょうか。


 漱石さん、
 良い本をありがとうございました。


───────────────


■この本で私が共感したところは次のとおりです。


・ああここにおれの進むべき道があった!ようやく掘り当てた!こういう感投詞を心の底から叫び出される時、あなたがたははじめて心を安んずることができるでしょう(p246)


・自分の職業としている教師というものに少しの興味ももちえないのです。教育者であるという素因の私に欠乏していることははじめから知っていましたが、ただ教場で英語を教えることがすでに面倒なのだから仕方ありません。私は終始中腰で隙があったら、自分の本領へ飛び移ろう飛び移ろうとのみ思っていたのですが、されその本領というのがあるようで、ないようで、どこを向いても、思い切ってやっと飛び移れないのです(p239)


・私は何でも英国を手本にするという意味ではないのですけれども、要するに義務心を持っていない自由は本当の自由ではないと考えます。そうしたわがままな自由はけっして社会に存在しえないからであります・・私はあなたがたが自由にあらんことを切望するものであります。同時にあなたがたが義務というものを納得せられんことを願ってやまないのであります。こういう意味において、私は個人主義だと公言して憚らないつもりです(p255)


・誤解を防ぐために一言しておきたいのですが、何だか個人主義というとちょっと国家主義の反対で、それを打ち壊すように取られますが、そんな理窟の立たない漫然としたものではないのです・・・事実私どもは国家主義であり、世界主義でもあり、同時にまた個人主義でもあるのであります。個人の幸福の基礎となるべき個人主義は個人の自由がその内容になっているには相違ありませんが、各人の享有するその自由というものは国家の安危に従って、寒暖計のように上がったり下がったりするのです。国家が危うくなれば個人の自由が狭められ、国家が泰平の時には個人の自由が膨張してくる、それが当然の話です(p259)


この記事が参考になったと思った方は、
クリックをお願いいたします。
↓ ↓ ↓ 
blogranking.png


人気ブログランキングへ


私の個人主義ほか (中公クラシックス)
夏目 漱石
中央公論新社
売り上げランキング: 487,473

【私の評価】★★★☆☆(79点)

[Amazonで購入する]

[楽天ブックスで購入する]



■目次

『文学論』序
文芸の哲学的基礎
道楽と職業
現代日本の開化
文芸と道徳
文展と芸術
素人と黒人
私の個人主義
思い出す事など



にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ第3位
にほんブログ村



この続きは無料メールマガジン 「1分間書評!『一日一冊:人生の智恵』:1ヶ月30冊を超える情報をe-Mailで」でお読みいただけます。

無料メルマガ購読

>月別(2002年7月~)