「小泉信三―天皇の師として、自由主義者として」小川原 正道

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小泉信三―天皇の師として、自由主義者として (中公新書)

【私の評価】★★★☆☆(73点)


■慶應義塾の塾長にして
 皇太子の教育常時参与を務めた
 小泉信三という男がいました。


 1912年から4年間ヨーロッパ留学。
 その後、経済学の教授として
 マルクス主義を批判しています。


 対米戦争には反対するものの、
 開戦後は祖国を守るために戦うべしと
 戦意高揚を支持しています。


・日中戦争の開戦以来、小泉はさかんに
 戦意高揚を訴える。紛争の早期解決、
 平和を願うのは当然だが、
 一旦戦争になった以上は、
 勝利のために邁進すべきだというのが
 その信条であった(p81)


■面白いのは、共産主義を研究し、
 表向き正しそうな理論に対し
 その欺瞞性を指摘していたことでしょう。


 当時、マルクス主義を批判することは
 身辺に危険が及ぶ可能性がありました。


 そうした脅しにもかかわらず、
 主張を変えなかったのは
 肚の据わった人だったのかもしれません。


・小泉は資本主義の発達によって労働者は
 窮地に陥るのではなく、むしろ労働状態は
 良好となってきているのであり、
 暴力革命は無理であるという(p52)


■小泉信三は研究してみる価値の
 ある人だと思いました。


 私たちは歴史を知っていますので、
 過去の人を評価してみるのは
 面白いことだと思います。


 小川原さん
 良い本をありがとうございました。


───────────────


■この本で私が共感したところは次のとおりです。


・小泉は冷戦下における戦後日本の方向性として、
 自由主義陣営に身を置くべきことを説き、
 サンフランシスコ講和条約調印に際しては、
 ソ連など東側陣営を含めた国々との講話を求める
 全面講和論に対して、西側との単独講和論を説き、
 共産主義を批判した(p3)


・当時、小泉はいつもステッキを持っていたが、
 それは護身用だったという。この頃よく脅迫状が届き、
 そこには暗闇に気をつけろ、家族に危害を加える
 といった言葉が書かれていた(p57)


・当時の禁句の非開戦論者・・
 小泉は昭和天皇へ日米戦回避を訴えていた
 といわれる。小泉は宮中の「某氏」宛に
 手紙を書き送っていたようだ(p84)


・平和な時代が到来するのを待ち望むことは、
 身を殺して同胞を守ろうとした人々と、
 その行為の尊さを忘れるということにはならない。
 「日本を愛するものは、その日本のために
 死んだ人々のことを忘れてはなりません」。
 小泉自身、愛息を失った者として、
 遺児に寄り添おうとした(p116)


・小泉は、安保闘争を展開している全学連の
 学生たちに、かつての軍の一部青年将校と同様の、
 目的さえ正しければ暴力に訴えてもよいといった
 思想がみられ、それが無思想の学生を
 動かしているとして、大学教員に対して
 いかなる場合でも暴力は許されぬことを理解し、
 協力してほしいと訴えた(p171)


・昭和天皇は・・次のように語っている。
 今の首相の吉田などのように自分の主義を
 固守した人もいるが、多くは平和論乃至(ないし)
 親英米論を肝に持っておっても、
 これを口にすると軍部から不忠呼ばわりされたり
 非愛国者の扱いをされるものだから、
 沈黙を守るか又は自分の主義を捨てて
 軍部の主戦論に付和雷同して戦争論をふり廻す。
 かように国民性に落ち着きのないことが、
 戦争防止の困難であった一つの原因であった(p119)


・1950年1月には次のように述べている。
 自分はあの戦争に反対であったと
 数え切れない人が口々にいう。
 それは嘘ではないが、ではなぜ、
 あの戦争が起きたのだろうか。
 言論の自由がなかったからか。
 では、言論の自由を守るのは誰か。
 我々自身ではないのか。孔子は、
 「義を見てせざるは勇なきなり」
 と述べたが、これこそがまさに
 「不勇」の一例ではないだろうか(p113)


・小泉は野球の早慶戦を第一回から観戦し続けている
 野球好きであり、野球がアメリカ発祥のスポーツで
 あることから「敵性スポーツ」と攻撃されるように
 なってからも、体育に関する審議会で、
 野球はテニスなどへの弾圧は無意味であり、
 国の処置が偏頗(へんぱ)すぎると難じていた(p92)


・小泉はどのような皇太子教育をしたのだろうか?・・
 昭和天皇は大元帥であり、先の大戦の開戦について
 責任がないとは言い切れない。だが戦争には
 敗れたものの民心は皇室を離れなかった。
 その理由の大半は「陛下の御君徳による」とした。
 小泉は将来の君主である皇太子に対し、
 「人格その見識」は自らの国の政治に影響し、
 勉強と修養は日本の明日の国運を
 左右するものと考えるよう話した(p128)


・小泉は他にも皇太子とともに小説を読んでいる。
 志賀直哉『城の崎にて』、井上靖『蒼き狼』、
 川端康成『古都』などである(p141)


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■目次

第1章 父と修学時代
第2章 論壇の若き経済学者―マルクス主義批判の旗手
第3章 戦時下、慶應義塾長の苦悩―国家・戦争の支持
第4章 皇太子教育の全権委任者―「新しい皇室」像の構築
第5章 オールド・リベラリストの闘い



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