「鴎外の恋 舞姫エリスの真実」六草 いちか

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鴎外の恋 舞姫エリスの真実

【私の評価】★★★★☆(87点)


■森鴎外といえば、
 小説「舞姫」を代表作とする
 明治の小説家。


 「舞姫」では踊り子のエリスに
 主人公が恋をし、妊娠。
 ところが、主人公は
 日本へ帰国する決意をし、
 彼女は気が変になってしまう。


 現実にも、森鴎外は、
 エリーゼという恋人がいて、
 彼女は森鴎外の帰国後に
 来日しているのです。


 ところが、日本では鴎外の
 縁談話
が進んでおり、
 エリーゼはドイツにとんぼ返り
 することになってしまいました。


・二人が知り合ったのが鴎外のベルリン滞在期間
 (1887年4月16日~88年7月5日)であるなら、
 彼女は二十歳かもしくは二十一歳だった。
 『舞姫』の草稿は当初、エリスの年齢について
 「まだ二十にはならざるべし」と書かれ、のちに
 「十六七なるべし」に訂正されている(p290)


■これまでエリーゼは、
  娼婦ではないのか、
  ユダヤ人ではないのか、
  下宿の娘ではないか、他
 いろいろな説がありました。


 また、エリーゼの出生を
 調査した人もいましたが、
 推測の域でしかなかったのです。


 証拠がなかなか見つからないとはいえ、
 推測で話を公にするとは、
 失礼な話ですよね。


 この本では、
 ベルリン在住のエッセイストが、
 エリーゼの出生のナゾを
 ほぼ解き明かています。


・エリーゼのフルネームは
 Elise Marie Caroline Wiegert。
 1866年9月15日、シュチェチン生まれ・・
 父はフリードリッヒは、ベルリン銀行家
 クッブファーの下で・・(p275)


■エリーゼは、軍人から銀行家の下で
 事務を手伝う父を持ち、
 14歳の頃には父を亡くします。


 そして、その後は母の手一つで
 妹と共に育てられた。


 実際には、普通の手芸のうまい
 女の子
であったということです。


 点と点がつながり、
 エリーゼに行きつくまでは
 まさに、推理小説を超える
 調査報告書でした。


 六草(ろくそう)さん、
 良い本をありがとうございました。


───────────────


■この本で私が共感したところは次のとおりです。


・ベルリンに初の火葬場が建設されたのは
 1912年のことだった。ということは
 『舞姫』の時代は土葬しかなかった
 わけである(p100)


・前もそうだった。
 本当に諦めようとしたところで
 何かが見つかり、
 また先に続くのだ(p198)


・これまでの各氏の研究の中で、
 十分な調査が行われていなかったものとして
 教会簿調査を挙げることができる(p321)


・日本人駐在員が滞在中にドイツの
 女性と家庭を築き、帰任に際して
 母子を捨てて帰国してしまうケースが
 どの時代にもあったようで、
 「近所にもそんなハーフの子がいて
 貧しい暮らしを強いられた」と
 地元の人に責められたこともあった(p10)


鴎外の恋 舞姫エリスの真実
六草 いちか
講談社
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【私の評価】★★★★☆(87点)



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■目次

森鴎外とベルリン留学
鴎外と『舞姫』
獣苑からクロステル巷まで
クロステル巷の教会
「エリス」の実像
エリーゼがユダヤ人である可能性
オーガイという軍医とその人の恋人
ヴィクトリア座
エリーゼ探しの第一歩
乗船者名簿



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