「食えなんだら食うな 」関 大徹

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食えなんだら食うな

【私の評価】★★★★★(97点)


■饅頭が食いたくて仏門に入った
 関 大徹住職の一冊です。


 食えなんだら食うな、
 自殺するなんて威張るな、
 家事嫌いの女など叩き出せ、など、
 今なら叩かれそうなタイトルです。


 しかし、実際に読んでみると
 農家に嫁ごうとして反対された女性の
 例を出し、食べ物の大切さと
 食料危機になれば農家が強いということ。


 そして女性は男性を支えて働けば
 まさに強くなるのだという当然のことを
 強く教えてくれるのです。


・娘は、農家の嫁さんになった・・・農業は近代化したとはいえ、夫を扶けて、大いにはたらかねばならないであろう。そのかわり、彼女は強い女になるはずである・・女性にかぎらず、人間「原則」では強くなれないのである。鍛えられて、強くなるのである(p174)


■清掃作業をしていたおばさんの
 話も印象的でした。


 おばさんが市の清掃作業で
 ゴミ拾いをしていたら
 若者がポケットから紙吹雪を
 まいたという。嫌がらせである。


 この若者を張り飛ばしますか
 と著者が質問されたのです。


 著者は、首を横に振り、
 「いすれその若者は、
 その報いによって悲しい目に
 あわされるだろう。そのときに
 思い知るにちがいない」
 と答えたというのです。


 何か超然としたものがあります。


・富山というところは、僧侶がもてはやされるお国柄で、そのせいかどうか、坊さんは概ね、自分ほど偉いものはないと思い込まされてしまうような環境にある。だから、口々に批判しあい、理屈をいい、また、介入してくる。この煩わしさは、・・思いだしたくないほどである(p33)


■名言があるわけでもなく、
 ただの曹洞宗の僧侶である著者の
 言葉がこうも心に入ってくるのか、
 不思議な一冊でした。


 すべてを捨てることで、
 何かが得られる。
 捨てることからすべてが
 スタートするのかもしれません。


 この本は「読書のすすめ」の清水さんの
 ご尽力で復刊したようですので、
 ぜひ「読書のすすめ」で購入ください。


 関さん、
 良い本をありがとうございました。


───────────────


■この本で私が共感したところは次のとおりです。


・お寺に住まいして、必要最低のお寺の生活を維持しながら、別に勤務に就き、一定の収入を得る・・・貧乏寺では、この形が普通になっている、と聞いている・・「だって」と青年は、言葉をかえした。兼職しなければ、食っていけない寺なんです・・・それでいいではないか。食えなければ食わねば宜しい(p10)


・食えなんだら、食うな、という言葉には、本来、食うことのできない、おのれが・・・という痛みがある。懺悔がある。禅僧は、乞食(こつじき)に頼っている。本来、一粒の米も生産できないのである・・食わしていただいている・・・(p19)


・とにかく、お金があるから、会計係というよな俗事をあずかる人間が必要になってくる。寄付の申し込みを受けたとき、私は、その会計係を呼んで、いまどれぐらい出せるか、とたずねた。「200万円」と、かれはこたえた。しからば、と私は相手に告げた。「200万円。出させていただきましょう」。これには、相手も魂消たらしい。それは、とか、そんなに、とか言って・・(p76)


・永平寺の育英資金を求められたときも、百万円あったから出さしていただいた・・・吉峰寺のような無檀でよく出せますなぁ、と宗門の仲間からいわれたこともある。・・・「それはありましたので」と正直にこたえておいた(p77)


・私は、揮毫(きごう)をたのまれると「本来無一物」と書くことにしている・・ものをもって生まれた赤ン坊があるか。有りあまる金を、あの世までもっていった大富豪があるか(p87)


・福井県下の大きな乾物屋の息子が、吉峰寺へ坐禅に来ていた・・・商売のほうは、まるで自信がない様子だった・・14年間、一つの心をもって行えば、かならず得るものがあるであろう。もし、最初の14年で駄目なら、もう14年がんばる・・この業界では福井県屈指の事業主になった・・・要は頑張りなのである(p99)


・企業で有用な人間といえば・・・上司の思い通りに動いてくれる人間であろう・・そういう人間になってくれることを、企業では、「人間形成」と称する。なんという傲慢であろうか(p102)


・吉峰寺を再興された、田中仏心和尚も、永平寺の便所掃除を亡くなるまで続けられた。旅に出るときは、便所掃除用の雑巾を油紙に包み、どこの家、どこの宿に泊っても、夜間、こっそり、便所掃除をしたという(p133)


・未来を思うなら、今日をより善き人間として生きよ・・今日を荘厳することこそ、若者にとって未来がほんとうの「宝」になるのである(p192)


・20年ばかり前である。ガンであった・・死ぬことは、確実に死ぬわけである。当たり前の話である・・・生きている、ということは、幻想の証しのようなものであろう。すくなくとも、当分は命があるものという幻想がなければ、気ぜわしく息もできまい(p57)


・生死一如。生きるとは死ぬことであり、死とは生きているもののあかしであるという仏教の大原則・・(p239)


・上役にいうべき悪口があれば、陰でこそこそといわずに、堂々と胸を張って、本人の前で開陳すればよい。それを、酒の勢いを借り、同じ不満をもっている仲間をつのって、一言、一言をもって同意を求めつつ述べたてる風景など、「様」になっていない。どうせ、正面きっていえない、つまらない感情論なのであろう(p164)


・富山の寺院では、あんな乞食坊主(頑牛のこと)が、この名刹に乗り込んでくるとは何事だといきまき、ひとつ、やっつけてやろうではないか、と手ぐすねひいて待ち受けている、というのである。僧侶というのは、一面、困ったもので、仲間うちでは、そうしたしみったれた根性をむき出しにする(p32)


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■目次

食えなんだら食うな
病いなんて死ねば治る
無報酬ほど大きな儲けはない
ためにする禅なんて嘘だ
ガキは大いに叩いてやれ
社長は便所掃除をせよ
自殺するなんて威張るな
家事嫌いの女など叩き出せ
若者に未来などあるものか
犬のように食え
地震ぐらいで驚くな
死ねなんだら死ぬな



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