「メディアは死んでいた-検証 北朝鮮拉致報道」阿部雅美

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メディアは死んでいた-検証 北朝鮮拉致報道

【私の評価】★★★★☆(81点)


■これまでの北朝鮮拉致報道を検証し、
 日本には公平中立のメディアは存在せず、
 今もないとした一冊です。


 「メディアが死んだ」日とは、
 1988年に日本政府が北朝鮮による拉致の
 可能性を認めた「梶山答弁」です。


 この国会答弁は、モリカケ問題のように
 テレビで盛り上がることもなく
 夕刊のベタ記事が出た程度でした。


 著者も数日後にその事実を知るものの、
 産経新聞社内で大きく取り上げるよう
 主張することはなかったと懺悔しています。


・昭和53年以来の一連のアベック行方不明犯、
 恐らくは北朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚でございます・・ 
 88年3月26日の「梶山答弁」・・
 しかし、この答弁がテレビニュースに流れることは、
 ついになかった。新聞は産経がわずか29行、
 日経が12行、それぞれ夕刊の中面などに
 見落としそうになる小さいベタ(1段)記事を
 載せただけだった・・
 朝日、読売、毎日には一行もなかった(p123)


■当時は金丸訪朝団が訪朝し、
 日朝国交正常化を期待するような
 雰囲気がありました。


 拉致問題の証拠が出てきた時期でさえ、
 それを追及する動きは
 まったくなかったのです。


 朝鮮総連、朝銀から北朝鮮への
 送金もチェックされることはなく、
 朝銀破綻時には1兆円もの公的資金が
 注入されても問題にはなりませんでした。


 メディアだけでなくあらゆる組織に
 社外の圧力によるタブーや
 社内の圧力があるという
 ことなのでしょうか。


・朝銀内の裏口座に大量の金を蓄えていた朝鮮総連は、
 新潟に入港する船で現金を北朝鮮へ運んだという・・・
 朝鮮総連が日頃から税関職員たちを接待などで
 手なずけていたので、乗船時の手荷物検査は
 簡単にすり抜けられたという・・・・
 朝鮮総連に捜査の手を伸ばすことは長くタブーだった。
 中央本部捜索の際も、国会議員2人が
 朝鮮総連幹部らと警察庁を訪ね不当な政治弾圧だ、
 と抗議していた・・経営破綻した全国各地の朝銀に、
 政府が総計1兆4千億円近い公的資金を
 投入したことは、まだ記憶に新しい(p206)


■こうして振り返ってみると、
 日本には北朝鮮シンパともいえる
 政治家、文化人、学者、メディアが
 存在するように見えます。


 著者が「偏った空気」と表現する
 実体の見えない勢力は、
 現在も活動しているのでしょう。


 阿部さん
 良い本をありがとうございました。


───────────────


■この本で私が共感したところは次のとおりです。


・工業がひどく遅れた国で作られたいくつもの遺留品、
 日本人ではない妙な服装の東洋人たち
 訓練を積んだ精悍な4~6人、
 「静かにしなさい」のひと言、
 すぐにアベックをさらって逃げなかった男たち、
 じっと何かを待っていた男たち、
 不審船目撃情報、怪電波情報・・
 すべてが一つの方向、北、を差し始めた(p41)


・アベック3組ナゾの蒸発 外国情報機関が関与?
 80年1月7日のこの記事が他の新聞、テレビから
 無視されたというのは本当だ。
 いわゆる後追い報道はなかった・・
 黙殺された(p81)


・私の拉致取材の端緒だった富山の未遂事件が、
 発生から7年過ぎた85年、逮捕監禁致傷罪の
 公訴時効を迎え、遺留品類が廃棄処分されていた・・
 ゴム製の異様なサルグツワなど8種類ほどの
 貴重な品々が検察の手で捨てられていた(p94)


・北朝鮮の大物工作員、辛光洙(シングアンス)が
 日本人に成りすまして入国した韓国で逮捕され、
 大阪の原敕晁さん拉致事件が初めて明るみに出た・・
 85年11月、ソウル刑事地方訪院(地裁)の
 死刑判決文ほど日本人のだまされ拉致・背乗りの
 実態を克明に再現している資料は他にないのだが、
 当時、それが報道されることはなかった(p97)


・南北融和ムードの下、90(平成2)年9月、
 自民党の金丸信元副総理、社会党の田辺誠副委員長が
 両党の国会議員らを引き連れて北朝鮮へ出かけた・・
 「梶山答弁」から2年後である・・
 「一部メディアが勝手に言っているだけ」
 「証拠はあるのか」保守系とされる議員たちからも
 耳を疑うような発言が飛び出したが、
 拉致疑惑の存在を知っているだけ、
 まだましだったと言うべきだろう(p131)


・拉致を北朝鮮に初めてただしたのは、
 その機会があった新聞社の訪朝団ではなく、 
 政府だった・・
 拉致で政府は何もしなかった、
 などと批判する資格は・・
 少なくともメディアには、ない(p143)


・89年7月、土井たか子、菅直人、江田五月、
 田英夫の各氏ら日本の国会議員130名余が
 署名した韓国の盧泰愚大統領宛て
 「在日朝鮮人政治犯の釈放に関する要望」の
 政治犯29人のリストに辛容疑者が含まれていた・・
 日本人を拉致した実行犯であることが
 韓国の法廷で確定していた工作員の釈放を
 日本の国会議員が求める(p192)


・死刑判決を受けた辛容疑者は金大中大統領による
 恩赦で釈放され、2000年9月、
 英雄として北朝鮮へ帰った・・
 その後、06年になって警視庁は辛容疑者を
 アベック拉致事件の一つ、福井事件の
 実行犯として国際手配した(p193)


・日朝首脳会談で金正日国防委員長が認めたことで、
 北朝鮮による日本人拉致が動かぬ事実となった・・
 ショックを受けて頭を抱えた人たちが、
 日本社会には少なからずいた。言うまでもない。
 拉致を産経などによる「捏造」「でっち上げ」と
 してきた人たちであり、「証拠がない」
 「疑惑の段階にすぎない」と
 北朝鮮寄りともとれる発言、論調を
 続けてきた政治家、文化人、学者、
 そして一部マスメディアだった(p248)


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■目次

第1章 日本海の方で変なことが起きている
第2章 メディアが死んだ日
第3章 産経も共産党も朝日もない
第4章 いつまで"疑惑"なのか
第5章 金正日が私の記事を証明した
第6章 横田家の40年



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