「許永中 日本の闇を背負い続けた男」森 功

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許永中 日本の闇を背負い続けた男 (講談社+α文庫)

【私の評価】★★☆☆☆(66点)


■「ひたすら、"悪漢"を目指して生きてきた」
 と自ら言うように、許永中は悪の限りを
 行ってきたことがわかります。


 そこには正しいとか、事実とか、契約とかは
 関係なく金は力、力は金ということです。


 若い頃には、生命保険とゴルフ場の会員券を
 セット販売していましたが、
 両者に了解を取らずにやっていたという。
 めちゃくちゃですね。


・「やられれば必ずやり返す」
 許は人前で悪びれることなく、
 こういう。(p56)


■許は、先輩の暴力団、総会屋、
 エセ同和などから仕事のやり方を学び、
 政治家、暴力団、闇の実力者へ人脈を広げています。


 その悪事が拡大していったきっかけは、
 大企業の不良債権処理の手伝いを
 してからです。


 大企業の不良債権を引き取り、
 最後は自分の会社を倒産させれば、
 すべてはうまくいく。


 そのプロセスの中で、
 数千億円もの資金が
 どこかに消えてなくなったのです。


・永中さんは40億円、50億円といった規模の
 不良債権を『任せておくなはれ』と東邦生命から
 ポンと買い取ったんです。
 買い取り資金は、どこかの会社の手形を使って
 支払う。そうすると東邦生命にとっては、
 いったん帳簿上から不良債権が消えたことに
 なるでっしゃろ。大助かりなんですわ(p121)


■悪でも生きていく道があるのだと
 思いました。


 ただ、こうした生き方だけは
 したくないと思いました。


 日本人であれば、
 だれしもそう思うのでしょう。


 森さん
 良い本をありがとうございました。


───────────────


■この本で私が共感したところは次のとおりです。


・西村(嘉一郎)は、情報誌を発行する傍ら、
 不動産開発に首を突っ込んでコンサルタント料を
 せしめていた。取引先を信用させるため、
 しばしば、〇×電鉄などと冠をつけた
 仰々しい名の会社を設立し、
 その代表におさまる(p82)


・当時、被差別部落出身の同和や在日は、
 チンピラや愚連隊になって暴れまわっていたのが
 めずらしくなかったんや。それから、
 本チャンの極道になるもんと、まがりなりにも
 事業を始めようとするもんに分かれていったな。
 まあ、どっちも根っこはおんなじや。
 金を持って派手な暮らしをしたかっただけやけどな
 (許の知人の山口組系暴力団の元幹部)(p86)


・許は「部落解放同盟大阪府連西成支部長付」という
 奇妙な肩書を持つまでになる。解放同盟西成支部は
 小西(邦彦)と双璧をなす強面だった岡田(醇蔵)
 が率いていた地域だ(p93)


・許がもっとも熱を入れていた大阪国際ふぃりーには、
 2007年(平成19)年7月まで防衛大臣を務めていた
 久間章生が社長に就任していた。また、中核企業の
 一社である不動産業のコスモスには、「国会の
 あばれん坊」と異名をとった浜田幸一の長男で、
 現防衛大臣の浜田靖一が重役として名を連ねて
 いた時期もある(p136)


・許は、先の大阪国際フェリーの就航記念パーティに、
 同じ在日韓国人の元山口組系組長の柳川次郎や
 京都の指定暴力団「会津小鉄会」元会長の
 高山登久太郎など、大物のヤクザを招いていた(p207)


・河原町二条の再開発計画を立てた許と内田(和隆)は、
 まず小川吉衛に相談を持ちかけた。そこで、
 金丸の第一秘書だった生原正久のところへ
 連れていかれる・・彼らが金丸から紹介されたのは、
 総合商社「伊藤忠商事」の相談役だった
 瀬島龍三だという(p215)


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許永中 日本の闇を背負い続けた男 (講談社+α文庫)
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【私の評価】★★☆☆☆(66点)



■目次

第1章 差別とスラムからの脱出
第2章 アンダーグラウンドの世界
第3章 政商との出会い
第4章 大物フィクサーとして
第5章 竹下登とイトマン事件
第6章 逃亡
第7章 日本の宿痾


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