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「日本史に刻まれた最期の言葉」童門 冬二

2017/05/10公開 更新
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日本史に刻まれた最期の言葉 (祥伝社新書)


【私の評価】★★★☆☆(78点)


要約と感想レビュー

■多くの先人が自分の死にあたって
 和歌・俳句を残しました。


 この本では、日本史に残されている
 辞世の句を歴史小説家が
 解説してくれます。


 さっぱりと明るく去る人と
 後悔と恨みを抱いて去る人が
 いることが印象的でした。


・(高杉)晋作は明治維新直前の慶応三(1867)年4月14日に、29歳で死んだ。このときにかれが最後の"生命の火花"を散らした言葉が次の歌だ。「おもしろきこともなき世をおもしろく・・・」これでかれは息苦しくなった。そのため枕頭にいた福岡の勤皇女性野村望東尼(もとに)が下の句を続けた。「すみなすものは心なりけり」(p208)


■分かったのは、
 死ぬ直前に残した言葉だけが、
 辞世の句ではないということです。


 この道を行くと宣言し、
 その道を貫き通したとすれば、
 その宣言こそが辞世の句になる。


 死を意識したとき、
 生をどう生きるのか
 決まるのだと思いました。


・鷹山は、米沢藩主になった時に密かにある神社に自分の誓いを誓書としておさめた。うけつぎて国の司の身となれば 忘れまじきは民の父母 上杉治憲(鷹山)(p202)


■和歌は自分にはまだまだ
 理解の壁があることがわかりました。


 和歌はかっこいいけど、
 わかりにくい。


 童門さん、
 良い本をありがとうございました。


この本で私が共感した名言

・かへらじとかねておもへばあづさ弓 なき数にいる名をぞとどむる 楠木正行
 "なき数にいる"というのは、"死んだ者の中に入る"ということで、「生きている今、すでに死者の中に自分の名を加えておく」という悲壮な決意の表明だ(p33)


・親思ふこころにまさる親ごころ けふの音づれ何と聞くらん 吉田松陰・・
 松下村塾を主宰し倒幕維新の志士たちを限りなく育てた吉田松陰にしても、こういう親孝行な心を持っていた(p180)


・徳川家康がこんなことをいっている。「平氏を滅ぼすものは平氏なり、鎌倉を滅ぼすものは鎌倉なり」(p34)


・武田信玄がそういう厳しさを持っていた・・われた人を使うは、人をば使わず、その業(わざ)を使ふなり・・どこか織田信長に似ている・・(p73)


・村の長(おさ)がやがて王になり、王の王が天皇になり、それがやがて藤原氏を中心とする貴族の専制政治に変わり、武士の代表であった平清盛にまで下降し、しかし清盛が公家に上昇することによって、異議を唱えた源頼朝が鎌倉幕府を確立した・・(p120)


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【私の評価】★★★☆☆(78点)



著者経歴

童門 冬二(どうもん ふゆじ)・・・1927年生まれ。東京都庁にて、課長、部長、広報室長、企画調整局長、政策室長等を経て退職。著書多数。


目次

第1章 未練を残した最期の言葉
第2章 武将たちの最期の言葉
第3章 天下が治まってからの最期の言葉―政治家・名僧・学者たち
第4章 戯作者と名君たちの最期の言葉


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