■日中戦争から、日米戦争に突入した昭和初期、
清沢洌(きよさわ きよし)というジャーナリストが存在しました。
清沢は移民としてアメリカにわたり邦字記者などをして10年ほど暮らし、
帰国後、日本経済新聞社、朝日新聞社を経て、
フリーの評論家として活躍しています。
■清沢のジャーナリストとしての評価が高いのは、
戦争支持一色の日本国内で、満州事変、上海事変など
その時代の流れに批判的な姿勢を崩さなかったことです。
・清沢は、満州事変に際しても従来の主張を変えることなく、これに的確な
批判を加えたのである。・・・事変支持が最も明白であったのは新聞で
あった。満州事変が勃発すると・・・日本の新聞は事変支持一色となった。
(p103)
■また、太平洋戦争前に、日本がアメリカと戦争することに
メリットがまったくないことを指摘していたのは、
アメリカ移民としての10年の経験が現実を知っていたからでしょう。
・軍縮会議・・・清沢はがんらい、日本はアメリカと戦争することの
出来ない国であり、また戦争する必要のない国だと考えていた。
・・・対米比率という発想自体が誤りであると清沢は言う。(p90)
■清沢は、行き過ぎた官僚主義が
日本を亡ぼすとしています。
これは、時代を超え、国家を超え、
一つの真理でしょう。
・行き過ぎた統制は生産活動を阻害し、物資の自然な流通を妨げ、
のみならず社会のモラルを破壊すると清沢は確信する・・・
統制主義、官僚主義は日本を亡ぼす」と書いた。(p199)
■外交官は歴史に裁かれると聞いたことがありますが、
マスコミも官僚も歴史に裁かれる点では同じだと感じました。
清沢洌という存在から、
国際情勢などの事実を達観する大切さを感じました。
★2つとします。
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■この本で私が共感したところは次のとおりです。
・清沢はしばしば国民の生活の問題を取り上げた。
郵便局や鉄道の官僚主義・非能率・権威主義なども
清沢のコラムの対象となった。(p42)
・清沢は、「私は一国の盛衰は結局その国民が多く生産するか
せぬか、即ち労働するかせぬかによって決するものであることを
信じるからであります」と述べて、中国の将来は明るいと論じた(p64)
・清沢から見れば会議の焦点が日米の比率になったこと自体が
問題であった。・・・より大きな責任を負うべきは日本の新聞
であった。各紙は声を揃えて、海軍とともに対米七割を強硬に
主張していたからである(p91)
・(昭和9年)三月三十日の『報知新聞』の論説で清沢は、「我国において
非常時が生んだ最も大きな産物は、官僚といふ行政的専門家が、
無茶苦茶に威張り出したことである」と述べている。軍と新官僚を含めた
「事務的官僚政治」が一貫性のある統一的国家意思の形勢を妨げている
(p149)
・清沢は、旅行は人を賢くするというのは迷信で、むしろ
狭い範囲の経験を絶対化する恐れがあり、読書時間を失っただけ、
時勢に遅れたような気がすると告白している(p137)
▼引用は、この本からです。
中央公論新社 (2004/07)
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アメリカとの協調を考えた国際均衡派
鋭い外交評論家。【私の評価】★★☆☆☆(66点)
■著者紹介・・・北岡 伸一(きたおか しんいち)
1948年生まれ。71年東京大学卒業。
立教大学講師、助教授、教授を経て、
97年より東京大学教授。
2004年より国連代表部次席大使を務める。
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■関連書評■
a. 「台湾人と日本精神」蔡 焜燦、小学館
【私の評価】★★★★★
b. 「日本の敗因」小室 直樹、講談社
【私の評価】★★★★☆
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