
■昭和26年9月8日、サンフランシスコ講和会議において、
日本はサンフランシスコ講和条約を締結し、
朝鮮・台湾・樺太・千島を放棄。日本は主権を回復しました。
■受諾演説草稿をチェックするため、
外務省担当者から次郎の手に草稿が手渡されました。
しばらくすると、次郎が叫びました。
「何だこれは!書き直しだ」
独立した日本首相の演説原稿に、
占領に対する感謝の言葉が並んでいるばかりか、
敵国の言葉、英語で書かれたことが許せなかったのです。
■外務省の担当者は、
この内容は米国から内容を確認してもらったもので、
書き直しはできないと主張します。
次郎は、相手国と対等となるこの講和会議において、
相手国と事前に相談し、相手国の言葉で演説することは何ごとか!
と激昂しました。
それから、和紙に毛筆が準備され、
演説草稿は書き直されたのです。
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■白洲次郎とは何なのでしょうか?
イギリス留学し、ベントレーを乗り回した男
戦時下の統制会社に反対した男
憲法改正に携わった男
電力分割案を推進した男
通商産業省を作った男
これほど、面白い日本人も珍しいでしょう。
■この本では、白洲次郎の生涯を追いながら、
敗戦の占領下から独立国家に復帰した日本の歴史を
見ることのできます。
白洲次郎というよりも、
戦前から終戦までの歴史の背景を学べる一冊ということで
★4つとしました。
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■この本で私が共感したところは次のとおりです。
・「日本を甘く見てはいけない。・・・ケーディースは熱弁をふるったが、
ケナンはまったく取り合わなかった。「・・・それを言うなら
“ソ連を甘く見てはいけない”というべきでしょう。日本を我々の駒として使い、
共産主義の防壁にするのが最善の策だってことくらいおわかりでしょう?」
(p263)
・終戦後、六、七年間小学校の子供にまで軍備を持つことは罪悪だと
教えこんだ今日、無防備でいることは自殺行為だなんていったって
誰も納得しない。これは占領中の政策にも責任がある。・・・(次郎)
(『雑感-東北一廻り』「新潮」1952年9月号)(p191)
・この発電所の完成は 地元の人々の理解ある協力と
東北電力従業員の不抜の努力なくしては不可能であった
その感激と感謝の記録にこれを書く 白洲次郎
(只見川ダム柳津発電所)(p300)
▼引用は、この本からです。
「白洲次郎 占領を背負った男」北 康利、講談社(2005/07)¥1,780
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規格外の男
大局観を持つ人物
白洲次郎という人物に興味を持ちました【私の評価】★★★★☆(86点)
■著者紹介・・・北 康利(きた やすとし)
1960年生まれ。大学卒業後、都市銀行入行。
現在、銀行系証券会社勤務。
中央大学専門職大学院客員教授。
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■関連書評■
a. 「失敗の本質」戸部良一、中央公論社
【私の評価】★★★★★
b. 「日本の敗因」小室 直樹、講談社
【私の評価】★★★★☆
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