東京新聞出版局 (1995/08)
売り上げランキング: 8,582

やっぱり小野田さんはすごいと思う・・・
事実は小説よりも奇なり
生きるとはどういうことか(私の評価:★★★★☆:買いましょう。素晴らしい本です)
●著者紹介・・・小野田 寛郎
1922年生まれ。1939年、旧制中学を卒業。貿易商社に就職、
中国・漢口(現在の武漢)支店勤務。1942年、和歌山歩兵第61連隊
入隊。1944年久留米第一予備士官学校入校。陸軍中野学校二俣分校
で訓練の後、フィリピン戦線へ。以後30年、任務を遂行。1974年、
鈴木紀夫氏と遭遇し、祖国に帰還。1975年ブラジルに渡り、
牧場を開拓、経営。1984年、子供キャンプ「小野田自然塾」を開く。
●フィリピンでゲリラとして戦後30年間戦争を続けた小野田さん
の話を聞くと、戦前の日本のイメージが湧き上がってきます。
・なぜ生きて帰った私だけがこんなに歓迎されるのか。戦争で死んだ
仲間はどうなのか。私は遅まきながらも国家の恩恵を受けた。
だが、死んだ仲間は非道な戦争の加害者のように社会から疎んじ
られている。戦友たちは国家と悠久の大儀を信じて死んだのだ(p210)
●明治の人は偉かった、昔は良かったというような話をする人が
います。確かに、昔のほうが良い点もあったでしょう。
しかし、長い目で見れば、
社会とういうものは進歩しているようには感じられました。
●昔の日本は、相対的に貧乏であり、
植民地を持つことが富を増やす手段であったわけです。
現在は、モノを生産することで、富を増やすことが
できるようになりました。
・祖国は、「敗戦」が信じられないほど高度成長、経済大国として
繁栄を謳歌していた。あの戦争は、国が貧乏し国民が食えなくなって
始めたものである。(p12)
●しかし、戦前の「命を惜しむな」という風潮は、
現在でもその余韻が残っているように感じられます。
年間、3万人とも言われる自殺数がそれを物語っています。
・戦前、人々は「命を惜しむな」と教えられ、死を覚悟して生きた。
戦後、日本人は「命を惜しまなければならない」時代になった。
何かを“命がけ”でやることを否定してしまった。覚悟をしないで
生きられる時代は、いい時代である。だた、死を意識しないことで、
日本人は「生きる」ことをおろそかにしてしまってはいないだろうか。
(p235)
●30年という時を超えて、戦争中の日本から
平和な国に帰国した小野田さんの目を通して、
戦前の人々の考えを知ることのできる良書として★4つとしました。
■この本で私が共感したところは次のとおりです。
・小野田さんは日中国交回復(昭和四十七年九月)を知っていますか。
いままで仲良くしていた台湾を切って、中共(中国)とつながるのは
人間の信義に反する。小野田さんの写真を撮って日本政府に見せ、
居場所を教えることを条件に日台関係を改善させる。(鈴木紀夫)
(p229)
「たった一人の30年戦争」小野田 寛郎、東京新聞出版局(1995/8) ¥1,682
(私の評価:★★★★☆:買いましょう。素晴らしい本です)
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